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ヴィッキーさん物語


第4号 ヴィッキーさん物語 その4

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■ 2.ヴィッキーさん物語――その4
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ヴィッキーさんは、ここでお父さんから、オーラソーマの最も大切なこと
のひとつを学んでいます。

お父さんはヴィッキーさんの内にすでにあった本能が花開くのを助け、
彼女は植物との交流から、その目に見えない生命力を感じ取ることを
学んでいったのです。

では、ぱりさんの登場です。


ヴィッキーさんのお父さんは、天性のヒーラーだったんでしょうね。

あらゆる病気はお父さんが治してくれるものと思っていたのだとすると、ヴィ
ッキーさんのお父さんに対する信頼は、普通の家庭の子供が父親に対して持つ
感覚とは、ちょっと違っていたかもしれません。

そして少女時代のヴィッキーさんにとって最大の喜びは週末だったようです。
その週末のお父さんとの冒険の中で、お父さんからヴィッキーさんに何かが伝
達されたのだと思います。

その思い出が、ヴィッキーさんの一生の宝物になったんじゃないでしょうか。

では、「ヴィッキーさん物語」の4回目です。

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継母が家事の天才だったのに対し、父の本分はヒーリングでした。うちでは、
医者を呼んだ覚えがありません。私たちがまだ小さいうちから、父は私たちの
あらゆる必要を見て取って、あらゆる病気の世話をしていました。例えば私は、
扁桃腺がとても弱かったのです。

あるとき、それは炎症を起こし、私はあまりの痛みに惨めに涙を流していまし
た。今でも温めた酢の酸っぱい匂いを嗅ぐと、父が丹念に茶色の紙を折り、そ
の折り目に酢を注ぎ、それをリネンのハンカチで包んで、その上に熱いアイロ
ンをかけていた姿がよみがえってきます。それから父は、そのハンカチで私の
喉の周りを丁寧に湿布したのですが、次の朝には、もう痛みは消えていました。

それから何年も経ったのち、私はどうしてその処置が功を奏したのか、初めて
理解しました。その起源は、古代の伝承にあったのです。当時のクラフト紙は、
木のパルプをひいて作られており、紙の中に実際に木の繊維が透けて見え、さ
まざまな鎮痛剤の元となるエッセンスや樹脂が、豊富に含まれていました。そ
れがアルコールや酸に溶け、熱を加えることで、さらにその効果が倍加された
のです。

私は来る日も来る日も、週末になるのを待ち焦がれていました。それは、愛す
る父が、私をさまざまな遠征に連れ出してくれる日だったのです。当時の男の
人は、厳格な時間割で生きており、私の父もその例外ではなく、私は、自分た
ちがいつどこへ行くのか、何をするのか、すっかり分かっていました。

土曜日の朝は、床屋へ行くのが決まり。当時の男の人は、かみそりで髭を剃っ
てもらっていました。父はとても美しいブラウンの瞳を持ったハンサムな人で、
そのまなざしは暖かくて表情に富み、相手のハートを射抜くようなところがあ
りました。人を見るときには、まるで二つの祭壇にキャンドルがともるかのよ
う。大きくはないけれど、はしばみの実のような爪のそろった美しい手を持ち、
肩幅は広く、腰は細く、姿勢も良く、人づてに聞いたところによると、彼は八
十五で亡くなるまで、少しの贅肉も身につけなかったとのこと。彼の身のこな
しには、王者の風格がありましたが、にもかかわらず、彼はつつましい穏やか
な人で、声を荒げた姿は、一度も見たことがありません。真っすぐなまなざし
だけで、事は足りました。常に、しみひとつない服を着て、すべてにわたって
きちんとしており、自分の身体を神殿として敬意を払っている人でした。子供
たちは皆、心から彼を愛し、尊敬していたのです。

やがて、父は姿を現し、私の口の周りのチョコレートを拭いてくれます。そし
ていよいよ楽しみは佳境に入っていきます。私たちはいつもそれから、とても
高級なフルーツショップに寄って、何かを買うことになっていました。そこに
は、ガラスの長いビンに入った輪切りのパイナップルがあって、父はいつも、
そのすばらしい香りの一切れを私にくれました。私はいつも、お目当てのパイ
ナップルが長い二股のフォークでビンから取り出される様子にうっとり見入り
ながら、それが手元に届くまで、途中で地面に落ちたりしませんようにと、心
のなかで祈ったものでした。そうした悲劇は一度起こったのですが、マナーに
きちょうめんな父は、黙ってフォークに残った切れ端で我慢するように、と言
い渡したのです。

そして、お次はヴィクトリア・パーク。それは、テムズ川の北にある、ロンド
ンの広大な公園で、父は仕事の都合上、どうしてもこの周辺に住む必要があり、
私もここが大好きでした。

この公園には、動くものや息をするもの何にでも興味を示す子供にとって、た
くさんの楽しみがありました。おとなしい鹿がエサ欲しさに近づいてきます。
父は、いつも必ず白いリネンの袋に、パン屑などをいっぱい詰めて持ってきて
いました。父がそれぞれの名前で呼びかけると、鹿の方もなれた様子で近づい
てきます。それから、小屋の中にいるオウムに向かい、もったいぶって「おは
よう」をいいます。私は、どちらかというと、オウムは苦手でした。鋭いくち
ばしと、しわがれた声が恐かったのです。

父は、動物と植物の世界に完全になじんでいました。二人で歩いているとき、
あちこちに豊富に生えている野草を指差しながら、私に聞いたものです。
「いったい、どれが、パパのかわいそうな手を治してくれると思う?」

もちろん、かわいそうな手などありはしないのですが、私はどの草が愛しい父
の役に立ってくれるだろうかと、あちこちのハーブや花の周りを、夢中で歩い
て回ったものでした。そんなふうにして彼は、私の内にすでにあった本能が花
開く助けをしてくれたのです。父がさまざまなハーブや花について説明してく
れるたび、私の胸は躍りました。その言葉の一つ一つには、植物への愛があり、
彼はそれぞれの植物の癒しの効用を、その植物との実際の交わりの中から見出
していました。たとえ一本の草でさえも、むやみに摘むのは許されませんでし
た。

「必要があるとき以外は」父は言ったものです。「命を粗末にしてはいけない」
これは、私にとっては、まったくリアルなことでした。あるとき、ブルーベル
の茂みが無残に引き抜かれ、みずみずしさを失い、まるで戦場で無益に死んで
いった人々のように折り重なって倒れ、道端に投げ捨てられている姿を目にし
たときの悲しさといったら。本当に、胸をかきむしられるような思いがしたも
のです。

こうした父との関わりこそ、私の幼い、満たされないハートの求めてやまぬも
のでした。目に見えるもの、あるいは目に見えない生命力を、私はすべて父を
通して学んだのです。私たちはまるで、子供心に疑いもなく受け入れていた内
なる知識の中で、一つに結ばれているかのようでした。そしてまた、私の父は、
そのまた父に結びつき、そしてその父はまたその父に、といった具合に。そん
なふうに、永遠へと長い長い鎖が伸びているのが感じられるのです。

幼い私にはよく理解できない、奇妙な出来事がそれから幾度となく起こりまし
た。そのパターンは私の生涯を通じて続き、やがてその果てに、理解と認識と
が開けていったのです。

    ヴィッキー・ウォール著『オーラソーマ』「1 愛しのお父さん」より
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尚、このコーナーのコンテンツは、出版社、翻訳者のご了解を得て
『オーラソーマ 奇跡のカラーヒーリング』(伊藤アジータ訳、OEJ刊)より
掲載させていただいています。

和尚エンタープライズジャパンのHP:
http://www.kt.rim.or.jp/~oshobook/

伊藤アジータさんのHP:
http://www5e.biglobe.ne.jp/~dhyan2/index2.htm


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