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巻頭エッセイ


第692号 【パリさん】:映画に出てる人と観る人

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■ 1.【ぱりさんのオーラソーマ】:映画に出てる人と観る人 (2016,11/16 水)
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今回の【ぱりさんのオーラソーマ】、人生を生きるにあたって、
とても根本的なことについて書いてくれています。

オーラソーマには「自分を思いだしたい人、いらっしゃい」という
ヴィッキーさんの言葉があるように、自分を映しだす鏡となるもの
です。

では、自分のなにを映しだしているのでしょう?

ヴィッキーさんはオーラソーマは「魂」の鏡だと言っています。

しかし、オーラソーマでも学ぶように、この世はさまざまなレベル
で成り立っています。

肉体的な物質的なレベル、感情的なレベルや思考のレベル、精神的
なレベルから魂のレベルまで、さまざまな層があります。

それをオーラソーマでは、レッドからマゼンタまでの色のシステム
で表しています。

その色のシステムをエネルギー的に表現したのがチャクラやオーラ
のシステムであり、カラーローズは色の言語を理解するのに有益な
マップ(地図)です。

そこで、ぱりさんは、このカラーローズを思考のレベルで考察して、
欲望の人間模様として考察したのですね。

なぜなら、この世は人間の思考や欲望によって作られているからです。

しかし、その欲望によって作られている人生は、夢幻の人生にすぎ
ないということを看破したのが仏陀です。

そこで、ヴィッキーさんは、「魂」はそれらの欲望に気づいて、
観ていくことができる、というふうに考えました。

それが「イクイリブリアムは意識の鍵」という、オーラソーマの
ボトルに書かれてある言葉です。

「意識の鍵」というのは、その「意識」こそが、それらの欲望の
曼荼羅(カラーローズ)に気づいて観ていくことができるからです。

ぱりさんは、そのことを「映画に出てる人と観る人」というふうに
表現しています。

映画に出ている人は、自分の欲望で自分の人生を生きている人。

それを観ている人というのは、気づきの「意識」のことです。

これって、なかなか高度なことで、抽象度が高いので、理解が難しい
かもしれません。

ぱりさんは、そのことをわかりやすい言葉で表現してくれています。

もう少し詳しく理解したいという人は、『悟りのシンクロニシティ』
の本のなかに書いてある、「意識の多重構造マップ」についての
解説を読むとわかりやすく書かれています。
http://ur0.work/zIqO

それでは、【ぱりさんのオーラソーマ】:映画に出てる人と観る人
を、どうぞお楽しみください。

                           尚 記


       ………○…………○…………○………


ときどき、幕あいに顔を出す、「オーラソーマ」をちょっと部外者
的な立場から眺めてみる【ぱりさん】シリーズです。^^;

オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”
に見立てて、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでおつきあいいただければ、
案外、おもしろがっていただけるかもしれません。

「カラーローズ」は人間心理のパノラマです。
http://www.aura-soma.co.jp/intro/color_language/

ただ、ここでいう人間心理とは、人間が結果として味わう悲喜こも
ごもの多様な人間心理のことではなかったのでした。

「カラーローズ」に展開されていたのは、知覚可能な体験を願った
【意図(欲望・願い)】の元型でした。

「カラーローズ」は“原因の世界”のパノラマだと言ったのは、
そのためです。

それは個別の体験を願い、それを実現するための舞台装置としての
現象世界を願った「欲望」の一巡りだったからです。

現象世界に住んでいる(と思っている)私たちは、現象世界のさま
ざまな感情や願いを“自分”だと思っています。

それはある意味ではとても正しいのですが、別の意味では間違って
もいます。(^^;)

正しいと言ったのは、私たちはまさに【現象世界に住むこと】、
そして、そこで個人的体験をすることを願っているからです。

そして間違ってもいると言ったのは、【この現象世界に住むこと】
は、私たちが願っていることで、じつは事実ではないからです。

え、なんのこと? (?_?)

だって、私たちは現にこの現象世界に住んでるじゃん! (@_@)

って、思いますよね。(^_-)

何を言っているか、ぜんぜん、わからん! (-_-;)

(*^_^*)

ところで、あなたは幸せになりたいと思いませんか?

思いますよね。

この世に生きている人で、幸せを望まない人はいません。

でも、ちょっと考えてみてください。

幸せになりたい、というのは、今は幸せではないということを暗示
していると思いませんか?

今が幸せなら、別に幸せになることを望まなくてもいいですよね。

いや、そんなことはない、自分は今も十分に幸せだけれど、ただ、
もっと幸せになりたいだけ、とおっしゃいますか?

もちろん、それなら、それでもいいんです。

ただ、もし、この世に生きている人々が全員、幸せを求めてもがき
つづけているとしたら、何かが間違っているのかもしれません。

死ぬとわかっている身体で、なるべく長生きすることを願ったり、
とっても矛盾しているような気もします。(-_-;)

もしかして、それって、私たちが自分じゃないものになっているって
ことじゃないんでしょうか?

私たちは身体として誕生してから、どうも何かと幸せを求めなくては
ならなくなったらしいのです。

自分は身体だ、と思い込んでから、何かといろいろ不幸の種を抱えた
らしい。(-_-;)

まるで、どこかの関節が外れてでもいるかのように、どうも本来の
状態ではないような感じに悩まされつづけるのです。

それで、幸せになるために懸命に努力するのですが、うまくいった
としても、ほんの一時的状態で、つねに間に合わせにすぎません。

どんな問題に手当しても、その状況のなかからつねに新しい状況が
生まれて、そのなかでさらに幸せを求めなくてはならない。

どうして、こういうことになったと思いますか?

その答えが、【この現象世界に住むこと】は私たちが願ったことで、
じつは事実ではないから、ということなんです。(*^_^*)

【この現象世界に住むこと】、多様性のなかの分離した実体である
ことは、私たちが願った虚構であって、事実ではありません。

これが事実でないことが簡単にわかる方法があります。

映画のなかの登場人物がその映画を観ている、と言ったら、そんな
ことありっこないと、すぐにわかりますよね。

いえ、もちろん、映画のなかの登場人物が、映画のなかで映画を観る
という場面はありえますよ。(^^;)

そうじゃなくて、映画の登場人物が、自分が登場するその映画を観る
ということです。

そんなこと、ありえませんよね。

映画を観ているのは、観客であるあなたです。

もちろん、観客であるあなたは、その映画には登場していません。

当たり前のことです。

では、ここでちょっと、クイズです。(^_-)

観ている映画に、突然、あなたが出てきたとします!(@_@) ⌒★?

あなたが、映画のなかに出てきちゃったんです。(>_<)

あなたは、どっちの自分がほんとうの自分かわかりますか?

あなたは、映画のなかに登場しているあなたでしょうか?

それとも、映画を観ているあなたですか? (?_?)

(*^_^*)

わかりますよね。

もちろん、映画を観ているあなたが、あなたです。

あなたが観ている映画のなかに登場しているあなたは、たんなる、
フィギャーにすぎません。

それくらい、楽勝でわかりますよね。

いや、はっきり目に見えるんだから、映画のなかに出てくる自分が
ほんとうの自分でしょう、なんて思いますか?

どちらが自分かわからなかったら、そうとう重症ですよね。(^_-)

ところがですね、この自明のことがわからなくなるような物凄い
3Dウルトラハイビジョンの映画があるんです。

そう、私たちが見ているこの人生というドラマです。

この人生という映画のなかでは、私たちは自分がその映画に登場し
ていると信じこんでいます。

なぜなら、そうでなければ、個人的体験を実現できないからです。

【現象世界に住む】ということは、身体という分離した“自分”が
自前で独立して存在しているという夢に入ることなんです。

その体験をしたいばかりに、私たちは【現象世界に住むこと】を
願っています。

このものすごい3Dウルトラハイビジョンのバーチャルリアリティ
のなかにいてはじめて、「人生」というゲームを演じられるのです。

これこそが体験を求めた「欲望」が引き寄せている現実です。

そこでは、映画のなかで展開される物語のなかに、その登場人物と
して住み、その状況を味わうことができる・・・。

これが、どれくらいすごい仕掛けかわかりますか?

だって、映画の登場人物というのは、物語のなかでの個別の状況の
【表現媒体】なんですよ。

【表現媒体】に、その表現を味わうことなどできるはずがありません。

その表現を【見る】ことができるものは、どんな表現とも絶対的に
無関係な、絶対的に何も表現していないものだけです。

あらゆる顕現は、けっして顕現しないものに支えられて現象できる
のです。

でもなぜか、個別の体験を望む欲望にとっての、実現不可能とも
思われるその“夢の舞台”が現象している。

その仮想現実の世界では、あなたが欲望と恐れとともに考えること
が現実となってあなたの前に現れます。

この仮想現実の世界は、古来、覚者たちによって【分離の夢】と
呼ばれてきました。

あるいは、【リーラ(神の戯れ)】という言葉をお聞きになった
ことがあるかもしれませんね。

それは全体と分離した個別の実体が存在できるという、固有の夢を
実現させるための世界です。

この仮想現実の世界があまりにも悲惨で残酷だということで、昔か
ら神を恨む人さえ跡を絶たないほどなのです。

でも、じつは神を恨むのは間違っているのです。

なぜなら、あなたにそれを強いている“神”というものが、どこか
別のところに存在しているわけではないからです。

もし創造神というものがいるとしたら、それはこの人生ゲーム全体
を統括するスーパーコンピュータみたいなものかもしれませんね。

このスーパーコンピュータの働きは、簡単にひと言で表現できます。

それは「カルマの法則」と言ってもいいし、「バランスの法則」と
言ってもかまいません。

現象世界が破綻せずに、永遠に現象しつづけるための全自動のバラ
ンシング機構です。

でも、それはこのゲームセンターの、いわば管理人で、この方が、
あなたに【分離の夢】を強制しているわけではないのです。

この夢に興味を持っているのは「あ・な・た」です。(*^_^*)

この欲望と恐れを本気で味わっている人です。

その欲望や恐れが、自前で存在していると誤解しているエネルギー、
と言えばわかりやすいかもしれません。

つまり、その欲望や恐れを、自分だと思っているエネルギーです。

これはそんな仮想の条件下で幸せを求めるゲームなんです。

しかも、「ゲームの規則」はすべて公開されています。

欲望の種類も、配置も、欲望間の規則も、すべて何もかも。

その公然の秘密を展開しているのが「カラーローズ」です。


      【カラーローズの欲望・願いの配置】

              ●←ブルー
            独存し、安らぎたい
ロイヤルブルー→○     ・     ○←ターコイズ
  真理・真実を知りたい        全智・全能でありたい
          ・    ・    ・
ヴァイオレット
   →◎      ・  ・  ・      ◎←グリーン
脱出したい、超越したい         見晴し、受け容れたい
        ・   ・ ・ ・   ・
          ・      ・
マジェンタ       ・・・・・     オリーブグリーン
  →○ ・ ・ ・ ・ ・ ○ ・ ・ ・ ・ ・ ○←
無条件でありたい    ・・・・・      調和したい
          ・      ・
        ・   ・ ・ ・   ・
      ・              ・
レッド→●      ・  ・  ・      ●←イエロー
自己を貫徹したい            知りたい、体験したい
          ・   ・   ・

         ・     ・     ・
   コーラル→○           ○←ゴールド
  育みたい、守りたい   ・    豊かで、自立したい

              ◎←オレンジ
            帰属し、奉仕したい


どれひとつとっても、真っ当な願いで、邪悪な意図などありません。

この架空の夢を成り立たせるための必然的構造です。

この【分離の夢】のなかに出口はありません。

これが架空の夢であることが見破られるしかないのです。

ドラマへの吸引力(興味)が消失すれば、じつは何かに拘束されて
いる実体はどこにも存在していません。

私たちが朝方の夢から目覚めたとき、その夢のなかの登場人物たち
がどこにも存在していなかったように。

でも、私たちはもっともっとこの夢を見ていたいのです。(^_-)

本当に、この「カラーローズ」で展開される“人間心理”の世界って、
いったいどこに向かっているんでしょうね。

(*^_^*)

『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこ
へ行くのか』( http://p.tl/0WWA )。(-_-)

実際、この旅はどこへ向かっているのでしょう。^^;;

次に機会があったら、また「カラーローズ」を別の視点から眺めて、
勝手な連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定され
た見解ではありません。

「オーラソーマ」が、ゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」
というすばらしいツールに触発された、まったく自由な立場からの
連想です。

おつきあいいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

                          pari 記


       ………○…………○…………○………

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