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巻頭エッセイ


第289号 【パリさん】:カラーローズ―クリアーの心理

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■ 1.【ぱりさんのオーラソーマ】:カラーローズ――クリアーの心理
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オーラソーマのカラーローズにおいて、クリアーはどのような意味を持つので
しょうか?

http://aura-soma.co.jp/intro/color_language/

クリヤーは、カラーローズでは、その中心部にあります。

つまり、クリヤーはすべての色がそこから生まれてくる光源でもあるわけです。

ニュートンは、そのクリヤー光が窓際においたプリズムを通って七色に分かれ
る現象を観察したプリズム実験で、クリヤー(白色)光は、実は多くの異なっ
た色の光線をその中に含むことを確かめ、かつそれらの異なった色は再びプリ
ズムを通せばクリヤーな光になることも確認しました。

つまりクリヤーにはすべての光がそこから生まれ、その中にすべての光が含ま
れているということでもありますね。

クリヤーはオーラソーマの色の言語でもさまざまな意味を持っています。

光は意識の光、つまり、気づきの光を意味します。

より多くの気づきがそこにあることによって、クリヤーが入った色(ペールカ
ラー)はその色の意味が強まります。

つまり同じ色でもそこにクリヤーが入ってペールカラーになるとその色の経験
が強められるとオーラソーマでは考えます。

例えばペールブルーはブルーの経験がより強烈になり、ペールイエローはその
イエローの経験の意味が強められます。

ちょうど光の目盛りがあるとすると、薄暗い光からより明るい色になっていく
に従って、物事がよりはっきり見えてくるように、意識的になると、より物事
に気づくようになるので、ごまかしがきかなくなってきます。

無意識に隠されていたものが意識の明るみに出てくることになります。

自分がこれまで見たくないと思って隠していたようなことも、思い出してきた
り、直面し、見ざるを得ない状況になったり、ということもあります。

しかし、それらが意識にのぼり、見ることによって、それらは消えていくこと
になります。

無意識にある間は同じパターンや習慣を繰り返すばかりですが、そのことに直
面し、はっきりと見て、それを繰り返すことがばかばかしいということがはっ
きりとわかれば、もう同じことを繰り返す必要がなくなります。

あるいは、暗闇の中でそれが蛇だと思って怖がっていたものが、懐中電灯の光
で照らすと、実はそれが単に紐だとわかれば、もはやそれを怖がることがない
のと同じです。

マスターボトルの54番セラピスベイ(クリヤー・クリヤー)が、このクリヤ
ーの光を表しています。

http://aura-soma.co.jp/products/equi/B054.html

マスターボトルには、すべてこのクリヤーの光が何らかの形で入っています。

http://aura-soma.co.jp/products/equi/specialset/chakraset.html

クリヤーはまた、鏡のように物事を反射したり、映しだしてくれるものでもあ
ります。

また透明になってボトルの向こうを見通すことができるように、ものごとをあ
るまままに、色眼鏡なくものごとを明晰に、見ることができます。

またクリヤーは氷を象徴するときには、冷たく、感情が凍ってしまい、この世
に色を感じることができない、感情を感じることができない、ということを表
すこともあります。

この世から色が失せて、セピアカラーになってしまい、グレーになってしまう
ような感覚です。

あまりにもショックが大きすぎたときなどに、そのように頭の中が真っ白にな
り、感情も凍り付いてしまうようなことがあります。

そうしたときには悲しみの感情さえ凍り付き、涙さえでません。

しかしだんだん感情が融けてきて、感じることができるようになると、その凍
っていた涙が融け出して、涙を流すことができるようになったりします。

オーラソーマでは、そのことを「流されない涙の井戸」という表現をします。

涙を流すことで、過去の感情のわだかまりがほぐれてヒーリングが起こってき
ます。

その涙はそれまでの悲しみや苦しみをとかすヒーリングの涙です。

ぱりさんは

> 光明を得たマスターOshoが“覚者の心理学”

について語っていたということを書いています。

そういえば、彼はこのようなことを語っていました。

気づき(の光)をもたらすことで、偽物は消え、本物はさらにその輝きを増す。

つまり彼がそこで言っていることは、怒りや嫉妬、ねたみなどは、その感情に
気づきをもたらすことで消えていくけれども、愛や喜び、感謝などはさらによ
り大きくなっていく、というふうに言っています。

では、ぱりさんのカラーローズ、お楽しみください。

                                尚 記


        …………○…………○…………○…………


ときどき、幕あいに顔を出す、「オーラソーマ」をちょっと部外者的な立場か
ら眺めてみる【ぱりさん】シリーズです。^^;

オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”に見立て
て、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでお付き合いいただければ、案外、面白
がっていただけるかもしれません。

これまで「カラーローズ」を、人間心理の“元型”“酵母の種”の誕生物語と
して眺めてきました。

そしてカラーローズの“色相環”(12方位)を一周しました。
http://www.aura-soma.co.jp/intro/color_language/

つまり、人間心理の“元種”の誕生をこんなふうに見てきたわけです。

12時:“独存の平安”のなかに安らぎ、まどろむ根源色「ブルー」

 4時:そこから個別としての認知と体験を夢見て飛び出した「イエロー」

 8時:変化する現象世界で“永遠の生”を熱望する「レッド」

 2時:混沌とも見える顕現世界で見晴らしと位置確認を求める「グリーン」

10時:形ある制限に馴染めず、ひたすら超越を求める「ヴァイオレット」

 6時:多様性が可能な顕現世界の大儀“創造の賛歌”を唱う「オレンジ」

 7時:“無償の愛”で顕現世界の継続・維持に献身する「コーラル」

 5時:あくまでも依存を嫌い、存在の根拠を自らの中に求める「ゴールド」

 3時:全体との調和のなかに個を確立しようとする「オリーブグリーン」

 1時:子供のように直感を信頼して、その伝播を楽観する「ターコイズ」

11時:明晰性と果断のゆえに顕現世界での役割に悩む「ロイヤルブルー」

 9時:あらゆる欲望の妥当性が見えて新たな欲望を紡げない「マジェンタ」

以上の12方位の心理は、「カラーローズ」平面というある程度理想化された
心理空間で観察された、いわば“人間心理の酵母”の姿とも言えます。

なぜなら、じつは「カラーローズ」平面には、「人間心理」を醸成するための
いわば“理想的な培地”という側面があるからです。

“話の筋”を見えやすくするために少し整理しますね。

「ピンクの心理」の連想に入ったとき、どうしても“ピンク”と“レッド”の
違いを考察する必要が出てきました。

というのは、“レッド”も“ピンク”も色相環の12方位で言うと、同じ8時
に属していたからです。

色相環の同じ方位に属しながら、明らかに異なる心理を表しているわけですか
ら、その違いを説明する別の観点が必要でした。

その違いを説明する手段として導入されたのが「明度」という概念でした。

つまり、“レッド”も“ピンク”も色相環の方位が同じなので、同じ人間心理
の元種を抱えているのだが、前提されている“気づきの光”の光量が違うため
に、異なる心理として現れてくるのだ……、というわけでした。

“ピンク”は明らかに、“レッド”の元種が、より大きな「明度」(前提され
る“気づきの光”の光量)の培地で発現する心理バリエーションでしょう。

しかし、そうなると、“レッド”の元種がより小さな「明度」の培地で発現す
る心理バリエーションもあるはずです。

それは、おそらく“レッド”の心理のネガティブな側面、オーラソーマの語法
で言えば、チャレンジとなる側面だろうと推測されます。

そして、オーラソーマで参照される通常の「カラーローズ」平面は、「明度」
に関しては、光の側にも闇の側にも偏らない、ちょうど中間の平面ということ
になるでしょうか。

なので、“カラーローズの卵”のちょうど一番太い“胴回り”のところを輪切
りにしたような平面……と最初にご紹介したのでした。
http://www.aura-soma.co.jp/newsletter/backnumber/dtl_811.html

それは、人間心理の元種がその“最初の意図のまま”きわめて“ニュートラル”
な姿で発現する“培地”とも言えそうです。

ある意味で、通常の「カラーローズ」平面は、じつは人間心理の元種が“ニュ
ートラル”に発現するように“調整された培地”なのかもしれませんね。

一言で“ニュートラル”と言っても、さて何が“ニュートラル”なのかとなる
と、なかなか単純にはいかないような気もしますが。^^;

ところで連想が急に飛びますが、光明を得たマスターOshoが“覚者の心理学”
が必要だとどこかで語っていたことを思い出しました。(^^;)

これまでの地上の「心理学」が、“人間の心理学”から、“病者の心理学”や
“狂者の心理学”に偏っていたことへのアンチテーゼなのかもしれません。

それはともかく、“カラーローズの卵”のカラーローズ平面より上の部分は、
大なり小なり、いわば“覚者の心理学”が発現する領域と言えそうです。

その意味では、“カラーローズの卵”の下半分は、いわば“病者の心理学”や
“狂者の心理学”が発現する領域なのでしょうね。

それもこれも、ただただ、そこで前提される“気づきの光”の光量の差にすぎ
なかったわけです。

でも、ここで改めて考えてみると、そもそもどうして、明るいところと、暗い
ところがあるんでしょうね? (@_@)

“カラーローズの卵”の上半分に投光される“気づきの光”の光量のほうが、
下半分に投光される“気づきの光”の光量より多いのでしょうか?

あるいは、“カラーローズの卵”の上半分に充満している“気づきの光”は、
下半分に充満している“気づきの光”より多いのでしょうか?

もし、下半分の方がより少ない“気づきの光”しかもらえないのだとしたら、
それはどうしてなんでしょう? (?_?)

下半分の方たちは、何か悪いことをして“罰が当たった”のだ、とか。(?_?)

悪いカルマを積んだので、神様があまり光の射さない暗いところに放り込んで、
反省を促したのだ……とか。(^_-)

(*^_^*)

こういう話って、なんか、ちょっと変ですよね。(^_-)

まあ、想像の世界のなかでは何でもありなわけですが……。

でも、もしかしたら、“カラーローズの卵”の上半分にも下半分にも、じつは
同じだけの“気づきの光”が充満しているのかもしれません。

そういう可能性だって、考えられないわけではありません。

でも、たとえそう仮定しても、実際に“疑心暗鬼”は存在しますし、それによ
る“病者の心理”も“狂者の心理”も存在する……という事実は残ります。

いわゆる正常の範囲に収まる「人間心理」もあれば、あまりにも崇高な“覚者
の心理”や、あまりにも常軌を逸した“病んだ心理”もあるわけです。

それは、「人間心理」のインデックス“「カラーローズ」の卵”に置き換える
なら、やはり上半分はより明るく、下半分はより暗い、ということでしょう。

そして、より明るい場所の方が物事がはっきり見えて、疑心暗鬼のあらぬ想像
が生まれにくいことも確かでしょう。

また、より暗い場所の方が事態がよく見えなくて、あらぬ想像による“病者の
心理”や“狂者の心理”が生まれやすいはずです。

もし“カラーローズの卵”の全体に、じつは同じだけの“気づきの光”が充満
していると仮定すると、この「明度」差をどのように説明できるでしょう?

何がこの現実にある「明度」差を生みだしたのでしょうか?

仏教では、この「明度」差を生みだすものを「無明」と呼んでいるようです。

つまり、われわれ人間はある種の“色眼鏡”のようなものをかけていて、本来
なら当然見える“ありのまま”の姿が、見えなくなっているというのです。

あるいは、その視野を曇らせる原因は、眼鏡の上に積もった“埃(ほこり)”
に喩えられるかもしれません。

その眼鏡の“埃”のせいで、“ありのまま”の姿が見えなくなるわけです。

古来さまざまな宗教伝統で使われる例では、“ありのまま”の姿を映し出すも
のは、「鏡」に喩えられることが多いようです。

そして、その「鏡」を曇らすものを「鏡」の表面に降り積もる「塵(ちり)」
に喩えたようです。

この「塵」による「鏡」の曇り方が(人間界の基準で)“平均的”な状態が、
通常の「オーラソーマ」平面なのかもしれませんね。

だから、ここには“平均的”な「人間心理」が映し出されます。

それよりさらに深く「塵」が積もれば、「鏡」の“透明度”は人間界での平均
より下がるわけでしょうね。

いわば、視界はずっと暗くなり、もはや、「鏡」は“ありのまま”を映し出す
本来の力を発揮することはできなくなるでしょう。

そういう暗闇のなかでは、見えない部分をいろいろな想像が補うために、とて
も歪んだ世界像が現出するのではないでしょうか。

そういう暗闇のなかで発現するのが、“病者の心理”とか“狂者の心理”と言
われるものなのでしょうね。

そういう世界では、制限された形態(たとえば、肉体)の“囚人”となった、
とても苦しい人間心理のバリエーションが発現するかもしれません。

では逆に、「鏡」の表面に積もった「塵」が拭いとられ、人間界の“平均値”
より「塵」が少なくなればどうなるでしょう。

もちろん、「鏡」の透明度は高まり、明らかな視野のもとに“ありのまま”が
忠実に映し出されるはずです。

そこでは、たとえば「個性」とは単なる“多様性”を実現する仮の表現であり、
<一なるもの>の一瞬の姿であることが自明に見えているかもしれません。

もしそうだとしたら、そこで発現する心理のバリエーションが暗闇のなかとは
まったく違ったものになったとしても、容易に理解できることです。

それこそが、まさに「ピンクの心理」でも推測した、「マスター」たちの世界
なのかもしれません。
http://www.aura-soma.co.jp/newsletter/backnumber/dtl_830.html

なにしろ、そこで前提されている「明度」は、われわれ人間界の明るさとは、
まったく違うわけですから。

では、もし、“ありのまま”を映し出す「鏡」から、完全に「塵」がぬぐい取
られたら、いったい、どういうことになるでしょうか? (?_?)

ちょっと、推測してみたい気持ちにもなりますよね。(^^;)

もしかしたら、「人間心理」のカラーインデックスに見立てるという話からは
少し離れてしまうかもしれないですが……。

いったい、どういうことになるんでしょうね。(?_?)

“ありのまま”を映し出す「鏡」は、それこそ塵ひとつとどめず、澄み切って
います。

完全な無色透明です。

そこに“ありのまま”以外のものは何も存在しないわけです。

つまり、そこに充満している“気づきの光”を遮るものは何もないわけです。

強いて言うなら、そこには“気づきの光”が充満しているだけです。

どう思われます?

それこそが……“「カラーローズ」の卵”の頂点の「クリアー」が表す状況で
はないでしょうか。

“気づきの光”は……あります。

光で充満しているわけですから。

“「カラーローズ」の卵”の頂点は、「白」(クリアー=光)一色です。

しかし……それ以外には……何もない。

さえぎるものが何もないわけです。

影を作り出すものが何もないわけです。

つまり……最高度の透明度、最高の「明度」においては……何も見えない……
何も現象しない……ということではないでしょうか……。(-_-;)

どうも……“カラーローズを人間心理のカラーインデックスに見立てる”とい
う話からは、だいぶ離れてしまうかもしれませんね。^^;;

そこには……現象世界を可能にする“気づきの光”はあるでしょう。

しかし……現象世界は……見えません。

もういちど言います。

完璧な透明度……最高度に明晰な視野においては……現象するものは何も見え
ない……つまり、じつは何も存在しない……ということでは……。^^;;

“「カラーローズ」の卵”の頂点の「クリアー」の状況をそのように理解した
場合、「クリアーの心理」を人間心理として語ることはきないようです。

もし、無理矢理「クリアーの心理」を表現するとしたら……。

「クリアーの心理」とは、

          「☆←          →☆」

とでも表現すべきでしょうか。(*^_^*)

しかし……にもかかわらず、ここから<すべて>は流れ出しているわけです。

「オーラソーマ」の哲学が意味する「クリアー」とはかなり異なる概念だった
かもしれません……。

流れの勢いでこうなりましたが、そのへんご勘弁ください。m(_ _)m

さてこれで、「カラーローズ」を人間心理の“元種”の誕生譚(たん)に見立
ててたどってきた物語は、いちおうの結末まで到達しました。

次に機会があったら、今度は「カラーローズ」を全人間心理の“パノラマ”と
して、また少し違ったアングルの連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定された見解では
なく、「オーラソーマ」がゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」と
いう素晴らしいツールに触発された、まったく自由な立場からの連想です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

                                pari 記


        …………○…………○…………○…………

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