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巻頭エッセイ


第722号 鮎沢さん(62)「季節の色39」:牡丹色

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■ 1.巻頭エッセイ:                 (2017,3/1 水)
     鮎沢玲子さんの季節で楽しむ日本の色 Vol.39
                  ≪【牡丹色】ぼたんいろ≫
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3月の声を聴くと、とたんに春めいた感じがします。

もうだいぶ日が長くなってきました。

20日には春分の日がやってきて昼と夜の長さが同じになり、ここ
から季節は本格的な春となります。

春分の日とは、春のお彼岸の中日(真ん中の日)でもあります。

反対側の秋のお彼岸は、秋分の日。

お彼岸に作る「ぼた餅」と「おはぎ」が同じものだと知ったのは
いつのことだったでしょう。

おそらくそれは若いころで、なんて面倒くさいことを・・・と思い
ましたが、この手間をかけることこそが「風流」というものです。

春のお彼岸には、春の花「牡丹」からついた名で「ぼた餅」
(もともとは牡丹餅)、秋のお彼岸には秋の花「萩」を丁寧にして
「おはぎ」と呼んでいるのです。

以前、萩色について、こちらに書かせていただいたことがありました。
http://ameblo.jp/aurasoma-unity/entry-12058362849.html

どちらもオーラソーマでいえば「マゼンタ」色の花です。

マゼンタの彩度を落すと(くすませると)、お餅をコーティング
する餡の小豆色に近づいていきます。

そんな理由で、牡丹と萩が名前に使われているのかもしれません。

さて、今回取りあげる日本の色は「牡丹色」です。

牡丹の花は、中国から日本に入ってきました。

それは奈良時代の終わりから平安のはじめのころのことで、中国
(当時は唐)と同じように優美な花が、朝廷でもてはやされていた
そうです。

堂々とした大きな花は「百花の王」と称されるほどでした。

平安末期に武士が登場すると、甲冑や刀などの意匠に牡丹があしら
われたり、唐獅子や龍などと組みあわせたりして、強さを誇る大胆
なデザインに用いられるようになります。

そして、美しい女性の姿を形容するときにも牡丹は登場します。

「立てば芍薬、座れば牡丹・・・」の表現です。

牡丹の花の妖艶さや豪華さがマゼンタの色とよく似あい、人目を
惹く美しい女性の姿を連想させます。

しかし、衣装の色として「牡丹色」が流行したのはだいぶあとの
ことで、明治の終わりころです。

化学染料による染色技術の発達と、色鮮やかな衣装を好む風潮が
その時代に一致したのです。

話は、ぼた餅とおはぎに戻ります。

牡丹と萩・・・どちらもマゼンタ色をした花ですが、雰囲気がだいぶ
違います。

大きな花が妖艶で人目を惹く牡丹と、小さな花がたくさん咲き控えめ
に見えて実は生命力が強い萩は、対照的と言っていいかもしれません。

まるで、陽の牡丹と、陰の萩。

私は、この二つを対に見立てるところに、日本らしさを感じます。

春のお彼岸は季節が春から夏へと向かう「陽」の時期であり、秋の
お彼岸は逆に「陰」が深まっていく時期です。

同じものであっても、その時期に合った呼び方をすることで、季節
のうつろいを感じ、大地のエネルギーに自然と共振していたように
思うのです。

今は一年を通して「おはぎ」が一般化しているらしいのですが、
それは残念なことだと思います。

3月の春のお彼岸には、ぜひ「ぼた餅」をお供えしてください。

(※こちらで画像とともに掲載をしています。
 http://ameblo.jp/aurasoma-unity/entry-12252248797.html


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鮎沢玲子(あゆさわ れいこ) プロフィール

有限会社「カラーズガーデン」代表。
英国オーラソーマ社公認ティーチャー。
栃木県宇都宮市生まれ 生家は染物屋を営む。
中学校美術教師を経て、インテリアコーディネータとして14年間
住宅メーカーに勤務。
2002年よりオーラソーマ・プラクティショナーとして独立開業。
2006年より公認ティーチャーとして活動中。
http://ameblo.jp/aurasoma-c-garden/


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